架空の杜

人生とは連続する刹那である

長文日記

新しいなにかを買うことでその人の生活様式が変わるというよりも、他人より浪費することで自らの存在確認をするために拝金主義となるのだ。彼らが拝金主義を意識するせざるに関わらず、その影響を受けている人は、結局のところ自分の半生が正しかったと証明するためにお金を必要とするのである。なにしろ今の日本で普通に働いていて飢え死にすることはまずないはずなのだ。衣食中足りて、なぜその上を目指すか。それは己の存在確認に他ならないのではないか。

拝金主義に対するニヒリズムってのは、特に就職氷河期世代に顕著な傾向です。親が拝金主義だったりバブルに翻弄されている姿を見て育てばニートになるのはむしろ自然な流れのような気さえします。