架空の杜

The journey is the reward.

ニフティーサーブを回顧

ニフティサーブパソコン通信サービスが完全に終わったらしい。私が脱会した1999年で既に閑古鳥が鳴いていたので、逆にまだ終わっていなかったのかという意外感の方が強かった。一応競馬文化フォーラムでボードオペ何ぞを舞い上がってやっていた過去があるので、今日は仕事も楽だったし簡単に総括しておこうかな。

敷居の高さが生む心地よさ

ブロードバンドの常時接続のウェブ世界からすれば、流通する情報量は少なかったし、基本的に文字だけの世界だった。参加者の9割8分は男性で女性であるというだけでアイドルになれたり・・・これは余談。参加者は90年代初頭にPCの可能性を感じて購入した人間が殆どなので、参加者のインテリジェンスの平均値は高かった。初めてのオフ会に参加したときなど、自分が大学を出て間もない若造であるというだけで珍重がられたという今では信じられない世界だった。ハンドルネーム(死語?)を使うとはいえ匿名性は低く、皆紳士的だった。そういった閉じられたコミュニティでありながら、日本中の人とコミュニケーションできるというパソコン通信サービスの素晴らしさに酔いしれていた。

やはり閉じられた世界でしかなかった

WWWウェブの世界に移って判ったことは、「世界はもっと広かった」ということだ。もっと濃く論理的に血統について語れる人が世の中には沢山いたのだ。当たり前なんだけど、ニフティサーブには、その世界だけで選良された人の大方が集まっているという間違った幻想があった。

繋がっていながらも権威が存在した世界

ボードオペはともかくフォーラムを仕切るシスオペというのは羨望のステイタスだった。シスオペをしているだけで暮らしている人さえいた時代もあった。匿名性が低かったので、濃い論理的な発言をできる人は自然と敬意を集めるようになった。

2ちゃんねるの方が楽しかった

ニフティに閑古鳥が鳴いて私が次に移動したのは2ちゃんねるの方だった。ウェブ上でニフティーサーブ的な何かを目指す動きは結構あったのだが、大概は失敗した。なら匿名を徹底的に楽しむ方がお洒落じゃないかと考えた人は多かったようだ。私もそうだ。責任のない発言が積み重なる匿名掲示板で現在も隆盛を極めている2chであるが、初期の利用者はニフティから流れた人が多かったはずだ。ニフティ難民の板であるニフティ板は昔は現在と比べものにならないほど盛況だった。(今はプロバイダーの一つに過ぎないニフティに何で専用板があるのと思っている人が多いようだが)参加者の素が出る匿名の世界に露骨に嫌悪感を示すニフティ原理主義者も若干いたようだが、私は素直に匿名を楽しんだ。

そしてmixiとブログへ

mixiは若干“旧き良きパソコン通信の香り”がする。みんなお行儀が良いから・・・、ただそれだけなんだけどね。上手く言葉にできないけど本質的なところが違う。寧ろトラックバックで繋がるブログの方がパソコン通信の良い部分を違う形で表していると感じる。特に“はてな”は良い意味でニフティーサーブ的だなと思う。性善説的なところがね・・・