架空の杜

The journey is the reward.

合成の誤謬

キャリア教育再論 - 内田樹の研究室

フリーター問題が行政が青ざめるほどに喫緊の政治課題となったのは、当初は安価で雇用調整の容易な不正規労働力の供給元としてもちあげられたフリーター諸君が(可処分所得が生活を支えるぎりぎりであるため)消費活動がきわめて不活発であるのみならず、結婚するだけの資力がないために国民の再生産そのものが危殆に瀕してきたからである。
いくら安い労働力が潤沢にあるせいで短期的には人件費コストが削減できても、「マーケットそのもの」が縮小しては、ロングスパンでは資本主義に生きる道はない。
若いひとたちがフリーター化・ニート化するのを「自己責任」と放置しておいたら、日本資本主義の弔鐘の音が遠くから聞こえてきたので、産業界も行政も尻に火がついて、慌て始めたのである。それくらいのこと、誰でも少し考えればわかりそうなものであるが、なかなかわからないのが不思議である。

経済学者のいうところの「合成の誤謬」なんだけど、内田先生のような哲学者がわざわざ、この期に及んで分かりやすく書き下してくれないと、誰も本質を理解できないのが日本の病巣なんだろう。本来こういうことを啓蒙するのは経済学者であり政治家の仕事なのに・・・、そのツケが大学教育の当事者に回ってきたのは確かに気の毒だ。もっとも大学を経営するのも困難な時代になってきているので、学校も経済問題から逃げるわけにはいかないのだけれども、大学がそういう場になってしまったら、いよいよ教育が荒廃するのは当然の帰結であり、何ともやっかいだなぁと、、。