架空の杜

最近は知りたかったことをAIに調べてもらって貼り付けています。

短編小説:アナレンマの柩

 柚子の香りが、鼻腔の奥でツンと冷たく爆ぜた。  私は腕時計を見る。午後四時三十分。窓の外は、すでに藍色の帳(とばり)が重く垂れ込めようとしている。冬至。一年でもっとも夜が長い日。  私は花束を抱え直し、彼女の病室へと続く廊下を、革靴の音を殺して歩いた。

「太陽がもっとも早く死ぬ日に来て」

 それが、先月、余命幾許もない彼女が私に遺した最期の願いだった。  彼女は光に対して異常なほどの執着を見せていた。死期が迫るにつれ、自分の命を蝋燭の炎に重ねていたのだろう。一日の中で、太陽が地平線へと没し、世界が光を失うその瞬間――日没を、彼女は何よりも恐れ、また愛していた。  だからこそ、もっとも早い日没の瞬間に、私の手を握っていたいと言ったのだ。

 私はその言葉を、ひとつの謎掛けのように受け取った。もっとも早く太陽が死ぬ日。それはすなわち、昼がもっとも短く、夜がもっとも長い日である。暦の上での極点、冬至以外にあり得ない。  私は今日まで、彼女の見舞いを意図的に避けていた。中途半端な同情や慰めは、彼女の美学を汚す気がしたからだ。彼女の望み通り、陰の気が極まるこの日、この瞬間に立ち会うことこそが、私にできる唯一の愛の証明だと信じて疑わなかった。

 病室のドアノブに手をかける。ひやりとした金属の感触。  中に入ると、そこには完璧な静寂があった。  ベッドの上は、驚くほど平坦だった。純白のシーツが、誰の身体の起伏もなぞることなく、ただ無機質に張り詰められている。

 ナースステーションで問いただした私に向けられたのは、看護師の哀れむような視線だった。 「あの方は、二週間前からずっとあなたを待っておられました。毎日、日が沈む時間を気にして……でも、十日ほど前に」

 十日前?  私は狼狽した。冬至は今日だ。今日がもっとも太陽の力が弱まる日ではないのか。私が約束を違えるはずがない。

 ふらつく足取りで病院を出て、私はスマートフォンを取り出し、震える指で検索した。  画面に表示された天文学の事実は、無慈悲な刃となって私の眼球を切り裂いた。

 ――『日没が一年でもっとも早い日は、冬至ではない』

 そこには、地球の公転軌道の楕円と、地軸の傾きが生み出す「均時差」という冷徹な数式が記されていた。  東京において、日没がもっとも早いのは十二月の上旬、五日から六日にかけてである。  冬至である十二月二十二日は、確かに「昼の長さ」はもっとも短いが、日没の時刻自体は、十二月上旬に比べて数分遅くなっているのだ。太陽はすでに、わずかではあるが、夕方の空に粘り強く居座るようになっていたのである。

 彼女が待っていた「太陽がもっとも早く死ぬ日」は、私がのんびりと冬至を待っている間に、音もなく過ぎ去っていたのだ。  十二月の初旬、私が「まだ冬至ではない、まだ早い」とカレンダーを眺めていたあの時、彼女は窓の外で急速に釣瓶落としとなる太陽を見つめながら、現れない私を想い、絶望の中で瞳を閉じたのか。

 空を見上げると、冬至の太陽はすでに沈んでいた。  だが、その残照は私の想定よりも遥かに長く、残酷なほど明るく西の空を焼いていた。それは、私の無知と傲慢を嘲笑うかのような、忌まわしい朱色だった。

 私が信じていた「一年でもっとも早い日没」は、文学的な感傷が生んだ虚構に過ぎなかった。宇宙の物理法則は、人の情緒など介在させる余地もなく、ただ淡々と天体を運行させていたのだ。

 足元の水たまりに、しなびた柚子の皮が落ちている。  私は理解した。私が今日という日を選んだことで、彼女に数分間の余分な光を与えることはできたかもしれない。だがその代償として、私は彼女の魂がもっとも深い闇に沈む瞬間、その手を握り損ねたのである。

 アナレンマ。太陽が空に描く八の字の軌跡。  その歪んだ図形が、私には首を括るための縄のように見えた。